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星を獲りに行った男の話をしましょうか。
――ある夜のことです。彼が私の家に遊びに来ていて、私たちは客間の窓辺にテーブルを寄せて、星を眺めながら二人で飲んでいました。
彼はひょっとすると、よほどどうかしてしまったに違いないような冗談を好んで言う男だから、私はいつも笑って流していたのだけれど、あの時ばかりは私もだいぶお酒が回ったのか、彼の話に乗ってしまいました。
何の折だったか、急に彼が立ち上がり、
「俺は星を獲ってくるよ。あのキラキラを、好きな時に取り出して眺められるようにね」
そんなことをいうものだから、
「ではその戦利品を必ず持って来いよ。お前に二十エーカーのあの畑をくれてやる」
そんな約束を交わしてしまいました。
一晩泊るという彼のために与えた客間の広い窓から、下に広がる畑と上に広がる星空を眺めながら、約束されるはずのない賭け事に興じるのは、ひどく私を愉快にさせたものです。
「その代わり、出来なかったらお前は何をくれるんだい」
「出来ないなんてことは絶対にないが、そうだなあ、君の倅に俺の娘をやるよ」
「馬鹿を言っちゃいけないよ。二人とももう大人だ。自分の相手くらい自分で見つけているさ」
「はっは! 君は気づいているのか知れないが、あの二人はだいぶ前から良い仲になっていてね。君の倅がしばしば俺の家の生け垣を踏み荒らしてこっそり娘に会いに来るものだから、先日、何も頭ごなしに反対なわけではないから、植物をいじめるのをやめて玄関から訪ねたまえと叱責したところだったのさ」
私にとっては寝耳に水の話で、いくらか複雑な気分にもなりましたが、息子の一大事を賭けられた興奮も手伝いまして、戯れに、彼に鉄製の小箱とかごを持たせまして、それじゃあ行ってきたまえよと、拍手までしてやりました。
彼の失踪はそのすぐ後です。私はひどく狼狽しました。
まさかとは思うが、それともほんとうに行ったのか。誰にも言えない不安を抱えた私のもとに後日、一通の手紙が届いて、ますます私は打ちのめされました。
『君との約束を果たしに北へ行く』
とても短い、でも間違いなく彼の筆跡で書かれた手紙でした。
あんな、馬鹿げた、酒の席での約束事で、私の友人は年頃のお嬢さんと、美しい夫人を残して、どことも知れぬ氷の地に旅立ってしまったのです。
数年間、彼の行方はようとして知れませんでした。彼を亡き者と出来たら夫人はどんなに楽だったでしょう。失踪のために保険金も下りず、困窮していく母娘を見るのは堪らないことでした。私は彼のいなくなった理由である自分の罪悪を隠しながら、何度も援助を申し出たのですが、誇り高い夫人からはいつも丁寧に断られていました。
そんな折、息子がお嬢さんと結婚すると言い出しまして、私は一も二もなく同意し、私の抱える秘密を知らずに彼らは夫婦となりました。
彼の賭けの約束は果たされたのです。もう星を獲る必要はない、早く帰って来てほしいと私は毎夜星空に願いました。
そうです、星が私の頭上に瞬いているということは、彼は己の目的をまだ遂げられていないのですから。
その夏はひどく暑い日が続きました。秋になってその暑さも和らぐかと思いきや、そうなれば今度はひどい嵐が連日連夜この田舎町を襲っていました。そんな憂鬱な天気の中で、不意に、ほんとうに何の前触れもなく、彼が帰って来たのです。
彼は従来快活で陽気な男でした。それが帰って来た時には、頬は痩せこけ髭に覆われて、肌の色は野良作業に従事していた頃よりも黒ずみ、虚ろな目をした貧弱な男に変わり果てていました。何か恐ろしい目にでも遭ったように怯え、おどおどとして会話も成り立たず、すぐさま病院へ移されました。
彼は手紙にあったように北に行ったのだと窺い知ることが出来ました。秋に入ったばかりだというのに防寒服をしっかりと着込み、雪のための編み上げ靴を履いていました。そして、これが最も苦しかったのですが、彼の左手と両足の指はすべてしもやけで壊死しており、手術によって切断されました。
入院に必要な費用は全て私が出しました。償いのつもりもあったのです。しかしある日、私が病室に彼を訪れたとき、彼が不意に私に向かって言いました。
「君は俺のことを恨んではいまいね」
私はあまりにびっくりして、まじまじと彼の顔を見つめました。というのも、彼はベッドで身を起こしているときも目は焦点を結ばず、意味のあるような言葉を言うことがなかったために、身体の癒えた後は少し特殊な病室に移されていたからです。
「何を……」
やっとの思いで私は声を絞り出しました。「何を言い出すかと思えば。恨むなんて。お前がいなくなってからずっと、私は帰りを待っていたよ」
「いや、俺は自分がやりたいがために旅に出たのに、あの手紙ではまるで君のために出かけたような書き方をした。俺の勇気がなかったから、君のためという言い訳がなければ出かけることが出来なかったのだ」
「そんなこと……」
私はどう言っていいかわからず「少なくとも、賭けには関係なく、お前のお嬢さんは私の娘になったよ」
「うん、それはいいんだ。もともとそのつもりだった。しかしね、君は俺に二十エーカーの土地を明け渡さなくてはならないぜ」
あぁ、やはり彼はどうかしてしまったのだと、私は絶望的な気分になりました。格子の嵌められた窓の外は相変わらず嵐が吹き荒れ、大粒の雨が叩きつけられ、この陰鬱な病室に騒音を奏でていました。
彼は入院してからも手近に必ず置いていたあの鉄製の小箱を指しました。賭けの夜に私が彼に預けたものです。促されて開けると、そこには灰色の、ざらざらした砂粒が一握り入っていました。
「これは」
私は彼に怪訝な顔を向けました。彼は窓の方へ視線を留めたまま、私の問いの答えにならないようなことを言い出しました。
「俺が帰ってから、この雨が止んだことはないね」
そう言われてみればそうでした。秋の長雨とでもいうのか、この年は特に風もひどく、彼の病室を訪ねるのも億劫になったほどでしたから。
「夜になってからだ。夜になったら星を返すよ。君に見せたくて、今まで持っていた」
私は彼の横顔にじっと視線を注いだまま、話の続きを待つしかありませんでした。
「俺はね。北極星が好きだった。ひしゃくのななつ星とカシオペアに挟まれて、どこまでも絶対的な星。だから君と星を獲る話になった時、どうしても北極星だと思った」
そうして、彼は語りだしました。北極圏に行くためにグリーンランドに単独で渡ったこと。雪原にテントを張って生活し、犬ぞりを覚えたこと。そして
「ある日の夜に、北極星がとてつもなく大きく見えた。近づいてみると、手を伸ばせば届くようなところでふわりと浮いている。俺は空を見上げた。北斗七星もカシオペアも変わらずある。だのに、北極星だけ降りてきて、捕まえられるものなら捕まえてみろと、挑発的に俺の前に浮いている。俺は夢中で手を伸ばした。俺の手から逃れ、からかうように漂う北極星を、なんとか捕まえてやろうと躍起になる。そのうちに君のくれたかごを思い出した。俺は北極星に背を向けて蹲り、いかにも疲れたから息を整えている風を装った。背中で隠した俺の手元には君にもらったかごがある。北極星は俺を嘲るように背後から近寄ってくる。俺は振り向きざま、テニスラケットでボールを打ち付ける要領で、かごを頭から北極星に叩きつけた」
私は思わず手中の小箱を見下ろしました。この大小の粒が入り混じった灰色のざらざらの正体がそれだとは、にわかには信じられません。そんな私の戸惑いをよそに、彼の口調はますます熱を帯び、目は潤み炯々と光を湛えています。
「あの賭けをやる前から俺は星空に熱中していた。星をわがものにしたい欲求は年々抑えがたくなって、この衝動をどうしようかと思った時に君と飲んだ。だから君は俺にとっての理由づけにされたに過ぎない。俺を恨んではいまいね。君が罪悪を感じる必要は全くなかった。しかし君はその性分から、いくらか俺の旅に責任を感じていたことだろう」
彼は首を振って、続けました。「果たして、俺は地面に叩きつけた北極星を、急いでその小箱に移した。北極星は徐々に光を失いながら、醜く小箱の中に納まったよ。俺は確かめるために空を見上げた。北斗七星とカシオペアの間には闇が広がっていた。それを認めた瞬間、急にあたりが真っ暗になった。完全なる闇で、何も見えない。自分が踏みしめている氷の大地さえも見えない。俺はやみくもに歩き出したが、足にも何も感覚がなく、上っているのか、下りているのか、それとも浮いているのかとさえ錯覚した。暗い海の底を歩いていると言われても納得しただろう。どれだけの時間が流れているのか、どこに向かっているかもわからない。永遠とも思える間、俺は彷徨っていた」
彼は右手で顔を覆うと、深々と息を吐きました。「しかし俺は、やり遂げたこのことを自分以外に証明するまでは北極星を手放したくなかった。闇は寒くて凍えるほどだったけど、気が狂いそうな恐怖と戦いながら、俺は歩き続けた」
顔を上げて、今度は指の無くなった左手を愛おしそうに眺めます。
「この嵐は?」
私はようやくいろいろの整理がついてきた頭でぼんやりと訊きました。「つまり、北極星がお前のおかげでなくなってしまったから、この夏は異常なほど暑くて、今は毎日太陽も出てこなくなってしまったのかい?」
「そうかもしれないね。だって、地球の芯棒の延長にある留め金みたいな星が、なくなっちゃったものだから」
「なんてことをしてくれた」
私は初めて声を荒げました。「もういい、畑なんぞお前にくれてやる。早く北極星を空に返そう。お前の冒険はここまでだ」
彼はそれを聞いて、昔からよく見せる不敵な笑みを浮かべました。そして、長話が身体に障ったのか、糸の切れた人形のようにそのままベッドに倒れ、眠ってしまいました。
窓の脇に蓋を開けたままの小箱を置いて、彼の病室を後にしました。
その日は何日ぶりでしょうか、晴れた夜空に星が輝いていたのです。
――ある夜のことです。彼が私の家に遊びに来ていて、私たちは客間の窓辺にテーブルを寄せて、星を眺めながら二人で飲んでいました。
彼はひょっとすると、よほどどうかしてしまったに違いないような冗談を好んで言う男だから、私はいつも笑って流していたのだけれど、あの時ばかりは私もだいぶお酒が回ったのか、彼の話に乗ってしまいました。
何の折だったか、急に彼が立ち上がり、
「俺は星を獲ってくるよ。あのキラキラを、好きな時に取り出して眺められるようにね」
そんなことをいうものだから、
「ではその戦利品を必ず持って来いよ。お前に二十エーカーのあの畑をくれてやる」
そんな約束を交わしてしまいました。
一晩泊るという彼のために与えた客間の広い窓から、下に広がる畑と上に広がる星空を眺めながら、約束されるはずのない賭け事に興じるのは、ひどく私を愉快にさせたものです。
「その代わり、出来なかったらお前は何をくれるんだい」
「出来ないなんてことは絶対にないが、そうだなあ、君の倅に俺の娘をやるよ」
「馬鹿を言っちゃいけないよ。二人とももう大人だ。自分の相手くらい自分で見つけているさ」
「はっは! 君は気づいているのか知れないが、あの二人はだいぶ前から良い仲になっていてね。君の倅がしばしば俺の家の生け垣を踏み荒らしてこっそり娘に会いに来るものだから、先日、何も頭ごなしに反対なわけではないから、植物をいじめるのをやめて玄関から訪ねたまえと叱責したところだったのさ」
私にとっては寝耳に水の話で、いくらか複雑な気分にもなりましたが、息子の一大事を賭けられた興奮も手伝いまして、戯れに、彼に鉄製の小箱とかごを持たせまして、それじゃあ行ってきたまえよと、拍手までしてやりました。
彼の失踪はそのすぐ後です。私はひどく狼狽しました。
まさかとは思うが、それともほんとうに行ったのか。誰にも言えない不安を抱えた私のもとに後日、一通の手紙が届いて、ますます私は打ちのめされました。
『君との約束を果たしに北へ行く』
とても短い、でも間違いなく彼の筆跡で書かれた手紙でした。
あんな、馬鹿げた、酒の席での約束事で、私の友人は年頃のお嬢さんと、美しい夫人を残して、どことも知れぬ氷の地に旅立ってしまったのです。
数年間、彼の行方はようとして知れませんでした。彼を亡き者と出来たら夫人はどんなに楽だったでしょう。失踪のために保険金も下りず、困窮していく母娘を見るのは堪らないことでした。私は彼のいなくなった理由である自分の罪悪を隠しながら、何度も援助を申し出たのですが、誇り高い夫人からはいつも丁寧に断られていました。
そんな折、息子がお嬢さんと結婚すると言い出しまして、私は一も二もなく同意し、私の抱える秘密を知らずに彼らは夫婦となりました。
彼の賭けの約束は果たされたのです。もう星を獲る必要はない、早く帰って来てほしいと私は毎夜星空に願いました。
そうです、星が私の頭上に瞬いているということは、彼は己の目的をまだ遂げられていないのですから。
その夏はひどく暑い日が続きました。秋になってその暑さも和らぐかと思いきや、そうなれば今度はひどい嵐が連日連夜この田舎町を襲っていました。そんな憂鬱な天気の中で、不意に、ほんとうに何の前触れもなく、彼が帰って来たのです。
彼は従来快活で陽気な男でした。それが帰って来た時には、頬は痩せこけ髭に覆われて、肌の色は野良作業に従事していた頃よりも黒ずみ、虚ろな目をした貧弱な男に変わり果てていました。何か恐ろしい目にでも遭ったように怯え、おどおどとして会話も成り立たず、すぐさま病院へ移されました。
彼は手紙にあったように北に行ったのだと窺い知ることが出来ました。秋に入ったばかりだというのに防寒服をしっかりと着込み、雪のための編み上げ靴を履いていました。そして、これが最も苦しかったのですが、彼の左手と両足の指はすべてしもやけで壊死しており、手術によって切断されました。
入院に必要な費用は全て私が出しました。償いのつもりもあったのです。しかしある日、私が病室に彼を訪れたとき、彼が不意に私に向かって言いました。
「君は俺のことを恨んではいまいね」
私はあまりにびっくりして、まじまじと彼の顔を見つめました。というのも、彼はベッドで身を起こしているときも目は焦点を結ばず、意味のあるような言葉を言うことがなかったために、身体の癒えた後は少し特殊な病室に移されていたからです。
「何を……」
やっとの思いで私は声を絞り出しました。「何を言い出すかと思えば。恨むなんて。お前がいなくなってからずっと、私は帰りを待っていたよ」
「いや、俺は自分がやりたいがために旅に出たのに、あの手紙ではまるで君のために出かけたような書き方をした。俺の勇気がなかったから、君のためという言い訳がなければ出かけることが出来なかったのだ」
「そんなこと……」
私はどう言っていいかわからず「少なくとも、賭けには関係なく、お前のお嬢さんは私の娘になったよ」
「うん、それはいいんだ。もともとそのつもりだった。しかしね、君は俺に二十エーカーの土地を明け渡さなくてはならないぜ」
あぁ、やはり彼はどうかしてしまったのだと、私は絶望的な気分になりました。格子の嵌められた窓の外は相変わらず嵐が吹き荒れ、大粒の雨が叩きつけられ、この陰鬱な病室に騒音を奏でていました。
彼は入院してからも手近に必ず置いていたあの鉄製の小箱を指しました。賭けの夜に私が彼に預けたものです。促されて開けると、そこには灰色の、ざらざらした砂粒が一握り入っていました。
「これは」
私は彼に怪訝な顔を向けました。彼は窓の方へ視線を留めたまま、私の問いの答えにならないようなことを言い出しました。
「俺が帰ってから、この雨が止んだことはないね」
そう言われてみればそうでした。秋の長雨とでもいうのか、この年は特に風もひどく、彼の病室を訪ねるのも億劫になったほどでしたから。
「夜になってからだ。夜になったら星を返すよ。君に見せたくて、今まで持っていた」
私は彼の横顔にじっと視線を注いだまま、話の続きを待つしかありませんでした。
「俺はね。北極星が好きだった。ひしゃくのななつ星とカシオペアに挟まれて、どこまでも絶対的な星。だから君と星を獲る話になった時、どうしても北極星だと思った」
そうして、彼は語りだしました。北極圏に行くためにグリーンランドに単独で渡ったこと。雪原にテントを張って生活し、犬ぞりを覚えたこと。そして
「ある日の夜に、北極星がとてつもなく大きく見えた。近づいてみると、手を伸ばせば届くようなところでふわりと浮いている。俺は空を見上げた。北斗七星もカシオペアも変わらずある。だのに、北極星だけ降りてきて、捕まえられるものなら捕まえてみろと、挑発的に俺の前に浮いている。俺は夢中で手を伸ばした。俺の手から逃れ、からかうように漂う北極星を、なんとか捕まえてやろうと躍起になる。そのうちに君のくれたかごを思い出した。俺は北極星に背を向けて蹲り、いかにも疲れたから息を整えている風を装った。背中で隠した俺の手元には君にもらったかごがある。北極星は俺を嘲るように背後から近寄ってくる。俺は振り向きざま、テニスラケットでボールを打ち付ける要領で、かごを頭から北極星に叩きつけた」
私は思わず手中の小箱を見下ろしました。この大小の粒が入り混じった灰色のざらざらの正体がそれだとは、にわかには信じられません。そんな私の戸惑いをよそに、彼の口調はますます熱を帯び、目は潤み炯々と光を湛えています。
「あの賭けをやる前から俺は星空に熱中していた。星をわがものにしたい欲求は年々抑えがたくなって、この衝動をどうしようかと思った時に君と飲んだ。だから君は俺にとっての理由づけにされたに過ぎない。俺を恨んではいまいね。君が罪悪を感じる必要は全くなかった。しかし君はその性分から、いくらか俺の旅に責任を感じていたことだろう」
彼は首を振って、続けました。「果たして、俺は地面に叩きつけた北極星を、急いでその小箱に移した。北極星は徐々に光を失いながら、醜く小箱の中に納まったよ。俺は確かめるために空を見上げた。北斗七星とカシオペアの間には闇が広がっていた。それを認めた瞬間、急にあたりが真っ暗になった。完全なる闇で、何も見えない。自分が踏みしめている氷の大地さえも見えない。俺はやみくもに歩き出したが、足にも何も感覚がなく、上っているのか、下りているのか、それとも浮いているのかとさえ錯覚した。暗い海の底を歩いていると言われても納得しただろう。どれだけの時間が流れているのか、どこに向かっているかもわからない。永遠とも思える間、俺は彷徨っていた」
彼は右手で顔を覆うと、深々と息を吐きました。「しかし俺は、やり遂げたこのことを自分以外に証明するまでは北極星を手放したくなかった。闇は寒くて凍えるほどだったけど、気が狂いそうな恐怖と戦いながら、俺は歩き続けた」
顔を上げて、今度は指の無くなった左手を愛おしそうに眺めます。
「この嵐は?」
私はようやくいろいろの整理がついてきた頭でぼんやりと訊きました。「つまり、北極星がお前のおかげでなくなってしまったから、この夏は異常なほど暑くて、今は毎日太陽も出てこなくなってしまったのかい?」
「そうかもしれないね。だって、地球の芯棒の延長にある留め金みたいな星が、なくなっちゃったものだから」
「なんてことをしてくれた」
私は初めて声を荒げました。「もういい、畑なんぞお前にくれてやる。早く北極星を空に返そう。お前の冒険はここまでだ」
彼はそれを聞いて、昔からよく見せる不敵な笑みを浮かべました。そして、長話が身体に障ったのか、糸の切れた人形のようにそのままベッドに倒れ、眠ってしまいました。
窓の脇に蓋を開けたままの小箱を置いて、彼の病室を後にしました。
その日は何日ぶりでしょうか、晴れた夜空に星が輝いていたのです。